日本ベトナム友好協会大阪府連合会/サパ物語8

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 09年3月、サパを訪問した。ファンシーパンが山火事で登れないと聞いていた。
 ガイドのホアさんは事情を説明してくれた。その話を聞いた後、ラオチャイを目指して一人トレッキングに。話を思い出しながら、ニヤニヤしていたら、すっかり道を間違えて、イーリンホーに迷い込んでしまった。


P1010375.JPGイーリンホーのつり橋。この端のたもとで2000年のF山下山時の疲れを癒していた。しかし今回は一人。


P1010395.JPGサンサホー第3小学校(イーリンホー)みなでダンスの練習女の子だけ、男の子は横で見ていた。

学校では、すでに道を迷っていた

P1010399.JPGイリンホーで迷っていたときに、ラオチャイまで案内してくれたこども。11歳、名前は忘れた。家は覚えているよ。
P1010408.JPGラオチャイを向こうに見る棚田 先はライチャイの中学校

ラオチャイの中学校が見えて初めて安心した。やっとついた。案内してくれた子どもありがとう。君は学校は? サボっているらしい。家の手伝いをしている。「あのゼン君」を思い出してしまった。3年前に山崩れで死んでしまったな。よく勉強したのにな。君も勉強はちゃんとしろよ。と心の中で語りかけながら分かれたよ。

ファンシーパンは山火事?!


 ガイドのホアさんは事情を説明してくれた。
 09年の2月は異常な気象で、暖かかったし、雨がまったく降らなかった。それで山火事が続発した。シオミティーで1ヶ所、ファンシーパンのライチャウ側で2ヶ所、など4ヶ所。登山を管理する、国立公園管理事務所は登山を禁止した。
 V氏が案内する日本の登山隊はそのさなかにサパにやってきた。登れないはずだったが、来る登山隊には事情の説明をすることができなかったとは、受け入れた旅行社のM氏談。

 しかし、来てみたら、事情は一変し、大嵐の雨が降った。その合間に登山は実施された。なんと頂上に着いたときには雲もなく晴れ上がった。下山の途中からまた雨が降り出したという。「よかった、幸いだった」「でも、もうファンシーパンには登りたくないよ」とは、V氏の言葉。V氏は登山家ではなくて、日本語ガイドだからその弱音はよくわかるね。彼は7回目の登山だったそうで、僕の5回を上回ってしまった。
 とはいっても、日本と同じ異常気象のようだ、昨年は寒すぎて1月から2月にかけて、サパの水牛たちはたくさん死んだのだ。今年は一変して暖冬異常乾燥。直前にオーストラリアで大規模な山火事があり300人以上が死んだというから、管理事務所もあせったでしょうね。ガイドのホア氏は、シオミティーの山火事の原因を説明してくれた。

 夕ご飯の準備をしていた11歳の女の子が、火をかけたまま、ちょっと目を離したときに回りに燃え移った。みなで消そうとしたが、手がつけられなかったという。おうこわ!

そうそう、これはベトナム語のできない僕が一人でサパへ出かけて、ガイドのホア氏からは英語で聞いたのですよ。英語も苦手で、自分からはしゃべれないのですが、聞くことは少しできたのだ。
                                   ヘンガップライ チャンチャン

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